肩の力をぬく!

長いものには巻かれておきたい

250416:ジャーナリングで深堀(微毒親の解毒)

前回、自分が子供のころからの刷り込みの根っこの根っこが「 穀潰しなのに奴隷になれないことに自罰感情がある」 という点だと書きましたがその件についてもう少し。

どうも函南です。


この広大なインターネッツでもリアルに親から「穀潰し」 と自覚させられた、それに自罰感情があった人って本当に少ない、 全然ヒットしないな~というのに驚きました。


函南の親は自分の経済力を武器に、 経済力皆無のこどもだった函南を脅し続けていたタイプです。 精神的DVを受けていたエピソードを掘れば色々出てきそうなもん だけどね。あんまり見た良くないけど心がウッとなるし。 子供時代に親に「産まなきゃよかった」「 生まれなければよかったのに」 と言われた系もあまりにも強烈だからか、 あんまり表にでてこないよね。


警視庁の児童虐待についても「親が子を脅すこと」 は虐待扱いではある。親の経済力を盾にして… という部分は記載がないことが多いかも。
まあ殴る蹴るが0だったかというと普通にあったし、 幼稚園児くらいのときに家に入れてもらえないこともあったし、 お仕置き部屋で反省みたいなこともあったし、これらは「 そういう時代だった」っていえばそうだよね、とも思う。 私は傷ついたなってだけで。


なーんで私は、 社会人になって実家をでてそろそろ丸9年が経とうとしているのに 、ずっとずっと親のことを考えているのでしょうか。 やっぱり子供がいないとずっと自分が子供の立場であることが変わ らないからかな。だからといって子ども産んで育てようとか、 養子迎えて育てようとか一切思わないし、 私の主観だと産む産まないにかかわらず子育てするやつはちょっと 頭がイカれているんだわ(特大ブーメランによる死)


そもそも妊娠してみようっていうのが意味わからんし、 養子もらったってガキンチョから試し行動とか繰り返し繰り返し受 けていたら私も自分の親と同じことを子供にする自身がある。 普段はぜんぜん刺激されないからおとなしくしているけど私のなか にも加害性も攻撃性も存分に乗っかってるし、 自他境界が溶けやすい親子関係なんて高リスクすぎるし、 子供が死ぬか私が死ぬか子供を殺すか子供に殺されるかってなると 思うの。 加害性や攻撃性が自分に向いているか他人に向いているかってだけ の違い。 自他境界が溶けている相手なら自分に向けているのと同じ手加減な し純度100%の加害が起こりうるって訳です(grock論法)


その点、夫ぴはすごい。あの人は親と対等っぽく振舞うの、 やっぱお父さん鬼籍に入ってるし、 母親と息子ってそういうもんなの? なんか母親が息子に対してリスペクトがあるんだよね。対等な( 上下関係が私と私の親よりかはずっと少ない) 人間関係に見えるんだよね。 私が義実家にいるといつまでもお客様だからかな、 まあ家族になるより他人でお客様のほうが10000倍マシだけど ね。 まあ息子と母親だとどう考えても肉体の強さで母親側が敵わないか ら母親と息子は対等っぽくなるのかしらね。


あとこれ引っかかりポイントなんだけど、私函南、 幼稚園児のころから「わからないことを誰かに『あれなに?』 って聞けない子」 だと自立するまで繰り返し繰り返し言われていたんですけど、 これって本当に私の無能や怠慢や能力不足のせいで本当に私の自己 責任なのかしらって考えた。たぶん違うと思う。
4~6歳の間で「分からないことが人に聞けない」「 分からないと発言することを避ける、 わからないことを聞くとネガティブな結果を生むと判断する、 恥と認識する」というのの原因は~ 4歳までの家庭環境の蓄積から表出するわけで、 それって両親が一切の無罪かというとかなり有罪だよね。 なんで私だけの所為にしているのようちの両親は。


分からないことが幼稚園児の時点で聞けないってことは周囲の人間 と信頼関係が築けない、周囲が安心安全だと思えない、 ってことですよ。下手に弱み見せたらこちらが嫌な思いをする、 という風に自分の天秤がいつも傾くってことでしょ? それって両親との基本的な信頼関係の構築に失敗しているとか、 家庭が幼児の安全基地たりえてなかったってことだと思う。


私を愛していた( しかし私が受け取れる形で愛を伝えることはなかった)両親が、 子供との基本的信頼の構築に〜6歳の時点で失敗するってなによ。 って考えて多分うちの両親は乳幼児だった私の前で誰かの愚痴とか 誰かに対する悪意を言葉にしていたんじゃなかろうかって思います 。 乳幼児の函南は言葉の意味を完全には理解できていなくてもニュア ンスだけはしっかりつかんでおり、 悪意が漂う自分の家庭や悪意を発している自分の両親は端から信頼 できなかったのでは…、と今は思っています。もうね、 30年以上前の事柄の推測だから別に怒ってないし怒る気持ちもな いし、良心の呵責で両親は苦しめ、とか思ってない。 両親の生存バイアスを崩壊させて30年くらい後悔で身を焦がして 苦しんでほしいとか思ってない。勝手に幸せに生きてくれよ。 私も勝手に幸せになるよ。って感じ。

 

 


なんか生きてることに伴う罪悪感について記号を与えられてスッキ リしたし、私も親の呪縛を離れて自分だけの人生を歩みたいなぁ、 と思うのでした。 せめて介護が発生するまでは自由にさせてほしい。 できれば介護はしたくないでござる。


そうそう、最近口癖の「死にたいな〜」っていうの、 口にして耳で聞いても心が痛まないんですよ。 なんかただの音になった感じ。 たぶん小学校高学年くらいから常にうっすらと希死念慮があって、 大学生くらいから「死にたいな」 と口にだしては心の傷がうずいていた函南ですが、 ミドサーとなった今、この変化が地味にすごく嬉しい。


それでは今日はこのへんで。
あっでゅー。