割といつも暇な部署にいるので忙しくなる時は突発的にいそがしい です(波が来ている)どうも函南です。
忙しいというのは、 あんまり頻度が高くない業務で手順が煩雑な業務が飛び込んできて 、 やり方を思い出すというのが非常にストレスな業務ってことです。 げっそ〜。
DXやICTに両足突っ込みつつ事務もやるみたいな部署で、 DX周りは本当に進歩が速いし仕様変更も早いからマニュアルを作 るのが面倒で作ってないのもよくない。
あ~~~仕事用TODOまとめに手帳やっぱ導入かな~~ 暇なときは使わないけど多忙になって煩雑な業務を一気に抱えると 付箋で対応しきれん感じがする〜。
昨日、寝る前に松浦寿輝の「香港陥落」を読んでいたのですが、 あれは良くない。 面白すぎて眠気が飛んでしまうのは非常によくない。 松浦寿輝の欠点は面白すぎて寝不足になるところ! 昼休みに続きを読みます!
帰り道にたまーに本屋さんに寄り道できるのですが、 そのたまにがくるとどうしても本を買ってしまう。昨日買ったのは
葬祭ジャーニー 世界の「死」をめぐる、びっくりするような風習と儀式
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今年の夏に発売された比較的新しい本ですね! いま気が付きました。
死や服喪が自分のなかでホットな話題なので最近はこれ系の本が気 になっております。読むのが楽しみです。
自分が実家で生活していた子供時代って自分が選ぶものは親にみら れて場合によっては文句を言われて自分が実家で生活しにくくなる 、 と思っていたので自分が本当に欲しいものよりも親のお眼鏡に合う ものを選んでいたような気がします。本にしろ、服にしろ。
夫は私の買う本にぜんぜん興味がないのです。 私が何を買っても何も言わない。買ったものを見せても「 えーすごーい」「えーかわいいー」しか言わない。 興味がないというか、 人の選ぶモノゴトに文句をつけるもんでもないな、 みたいな価値観を感じる。これが!バウンダリーってやつか! と夫と結婚してやっとわかったという。
いま書いていてわかったけど、 私も買ったものをわざわざ夫にお見せしなくてもいいですよね。「 変なもの買ってませんよ!」 みたいなのを証明する行動っていらないよね。そういえば。
母親は私に「あんたは発達障害だと思う」と平成10~ 20年代によく言ったものですが。(「みぃちゃんと山田さん」 の時代設定当りですね、自分の家から知的障害者をだしたとか、 世間体の圧が強すぎてとても公表できない、 子供本人の特性にあわせた教育を選ぶとか他人様の視線が怖すぎて そんなことできない、みたいな最後の時代のこと。 宮城だけではない、東京でもそうでした。)
発達障害まわりの書籍をブックオフでよく立ち読みしましたが、 家には絶対に置きませんでした。 うちの両親が発狂することがよくわかっていたので。「 あんたは発達障害だと思う」は私を圧倒するための発言であって、 それに対して適切な教育や療養を受けさせる、 なんなら発達検査を両親も子供もともに受ける、 という覚悟があるものではなかったのです。
毒親か?と言われれば歯切れ悪く否定しますが、 私と両親は人間的な相性が悪い上に権力傾斜に無自覚で自他境界が 溶けていたころが問題だよな〜と最近は思います。
ジャーナリングでだいぶ自己受容や自己の統合が進んだとはいえま だ道半ばだなぁ、 これからも慌てず焦らず諦めず腐らずがんばるぞ。
それでは今日はこのへんで。