AIめっちゃ便利なんだけど脳に汗かいて考える機会が減ったよな と思います。どうも函南です。
AIのおかげで自己分析が進んだり自己受容がすすんだりする面は 大きいけれど、ねぇ。 自分が対して整理をせずにダラ書きした文章に対してそれの3~ 5倍の量のレスポンスがテキストですぐに返ってくるのはある種快 感で、それを味わいたくて「あ、AIに聞いてみよ」 となり自分の頭を石臼をひたすら回転させるみたいに使わなくなっ てきてよろしくないなと思うなど。
なるべく机に向かって手書きでジャーナリングする時間を取ろう取 ろう… と思っているけどフルタイム出社のサラリーマンは意外と時間がな い。最近は就床9時間とろうと頑張っているし、 定時ダッシュしても帰宅〜寝るまでは3時間くらいしかない。 そこでご飯を作って食べてお風呂に入ったら45分くらいしかない もんなぁ。
そりゃレスポンスがよくて傾聴がうまいAIに聞いてみよってなる かも。環境がそうさせている感。私は悪くない←
あと手書きできる速度まで頭の回転を落とすことの功名も理解して いるのだが、なにしろ時間がないし、 タイピングのほうが10倍くらい早く文章を書ける。 現代人病じゃないか笑
なんか気が付いたけど、最近ふと「わたし、悪くないじゃん」 と思う事象がめちゃくちゃ多い。本当に多い。 裏を返すと殆どの事象の成り行きを「私が悪いからこうなった」 と捉えていたということ。そりゃ苦しいわ。
「サボる」「怠ける」とかって実際には存在しないのではないか。 今の環境、体調、 過去の刷り込みを考慮した貴方の状態ではそのアウトプット質量が 精いっぱいで、サボった、怠けた、 ということはないのではないか。 というふうに最近はよく考えます。
自分は性根が善人だと自認しているので、 サボってやろう怠けてやろうと考えたことって別にないよなぁ。 親子関係その他のバランスの悪さゆえに自分以外が自分に期待する ほどのアウトプットがでない、ということは沢山あったけれど。
自分が相手にやったことは必ず自分に返ってくるし、 相手にばれなかった嘘も悪意も自分だけはすべて知っているので、 怠けたりサボったり誰かにもった悪意はあとあと自分の首を絞めま す。そういう世界観を私は信仰している。 その因果応報が分かっているのに、 わざわざ怠けたりサボったり悪意を向けたりする理由がない。
そうだよな~~~~~~!
自分が悪いのだ、怠けたのだ、サボったのだ、 という世界線は非常に苦しいよねぇ。やめようね~~~。
今の自分が精いっぱいやっているよ、 って思えるのは私が自分の生活と仕事に満足できているからで、 生存バイアスなのか?もし自分が(自分の理想通りには) 持たざる者だったらどう思うのだろうか。
それでは今日はこのへんで。